風雲城の主、覇乱王の後継者たる姫の居室。
真の支配者・加治鳩羽の傀儡と噂される姫・妖ノ宮の座所。
月の光も無い漆黒の闇を、ただ蝋燭の灯りだけが照らす。
「そう・・・。どうしても南風に行きたいというの?」
灯火に浮かび上がる姫の白い端麗な横顔。
その顔は、真向かいに座す長身の男を真っ直ぐに見据えていた。
「ああ、今のうちに古閑の勢力を叩いておかねばならない。そのために・・・」
「ねえ」
ゆらりと、妖ノ宮が身を起こす。
身を乗り出し、彼女は鳩羽と同じ高さで視線を合わせた。
「そんな必要はないでしょう?あなたは私が望む時だけ、戦場に出ればいいの」
金色の瞳が妖しい光を放つ。
鳩羽の顔から戸惑いが消え、光の無い目が妖ノ宮を見返した。
「そうだ・・・。私はあなたの側に・・・いなければ・・・・・・」
「そうよ。わかってるわね?大丈夫、あなたから戦いを取り上げたりはしないわ」
妖ノ宮はそっと鳩羽の頭を抱え込み、子供をあやすような口調で語りかけた。
鳩羽は魅入られたように、大人しく妖ノ宮の声に耳を傾けている。
「あなたは戦がなければ生きていけない人。その力は有効に使わなくてはならないの。
そう、大叔父にはそれがわかっていなかった。あの人は国の内側しか見ていなかったもの。
神流河を狙う勢力がある以上、戦いを避けることはできないわ。だけど、交渉次第で戦を減らすことはできる。
財政を悪化させない程度にね」
妖ノ宮は鳩羽から離れ、すっと立ち上がった。
鳩羽の顔に寂しげな表情が現れる。
「古閑の王も私の操り人形。あなたと同じ」
夜の静寂を縫うように、艶やかな笑い声が響く。
世の人々が真実を知ることはない。
一体、どちらが傀儡なのか。
「全て、ご命令のままに。私ははあなたのためにだけ、存在するのだから」
この服従の言葉を耳にしても、妖ノ宮の顔は冷ややかだった。
「心にも無いことを」
「妖ノ宮・・・?」
妖ノ宮は鳩羽の前に座り込んだ。
「知っているわ、本当は私を嫌っていることを」
その日のことを、妖ノ宮が忘れることはなかった。
戦う意欲を無くし、鳩羽に従わなくなっていた兵士達を、妖ノ宮は妖術で操った。
それから鳩羽の態度が冷たくなっていたのが、妖ノ宮にははっきりとわかっていた。
「あのことがなければ、あなたに妖術なんて使わなくても済んだのに」
子供のような悲しみが、妖の姫の白い表に表れる。
「嫌われることには慣れていたわ。人にどう思われようと、何とも思わなかったのに」
鳩羽の手が伸び、うな垂れる妖ノ宮の頭に乗せられた。
見上げる彼女の表情が歪み、鳩羽の胸に身を預ける。
例え偽りでも、もはやこの温もりが無ければ生きてはいけない。
明日からは、もっと妖力を身につけよう。
完全な妖になりきってしまえば、こんな胸の痛みもなくなる。
白亜の城は、どこまで深い闇の中に沈んでいた。