「妖ノ宮」
「あら、鳩羽。帰ってきたの?どう・・・・・・」
部屋の入り口に目を向けた妖ノ宮は絶句した。
入ってきたのは後盾の加治鳩羽。
だが・・・。
息苦しさを感じるほどの濃密な甘い香りが部屋の中に流れてくる。
強い芳香を放つのは、炎のような真紅の薔薇(そうび)の花。
両腕一杯に花を抱えた鳩羽は、驚きに目を見開いたままの妖ノ宮に、当惑した調子で語りかけた。
「妖ノ宮。これは・・・・・・」
鳩羽が口を開くと同時に妖ノ宮は飛び上がると、猫のように素早く縁側へと走り去った。
垂れ布の影に半ば身を隠して鳩羽の様子を伺っている。
「・・・本物?」
「これには訳がある、聞いてくれないか」
「・・・・・・」
もちろん理由も無しに鳩羽が花を抱えて帰ってくるとは妖ノ宮も考えていない。
警戒心に満ちた足取りでそろそろと部屋の中に戻る。
鳩羽は妖ノ宮の前に座り、今日の出来事について話し始めた・・・。
この日、鳩羽は鎌滝の愛禅の館を訪れた。
西洋被れの領主の館は、神流河の他の建物と大きく異なっていた。
靴のまま中に入り、椅子に座って食事を摂る。
異国風の服装をした女中・・・いや、「メイド」が茶を運ぶ。
落ち着かないこと甚だしいが、鳩羽はこれも四天王としても職務の一環として辛抱強く付き合っていた。
食後は、「たーぶるろんど風」に設えられた派手な庭を案内された。
鳩羽はよくわからない愛禅の説明に適当に相槌を打ちながら、ぼんやり花を眺めていた。
異国の技術であろうか、小さな建物の中は暖かく快適で、今の時期には咲かないはずの花や、見たことも無い異国の花でいっぱいになっている。
足元には、強い芳香を放つ真紅の花が咲き乱れていた。
ふと妖ノ宮のことが思い出される。
彼女はこの花のような鮮やかな赤い色が好きで、よくそんな着物を身に着けていた。
妖ノ宮なら、今回の訪問を楽しんだだろう。
そのうち彼女を連れて来るのも良いかもしれない。
かつて鳩羽は異国かぶれの愛禅のことを良く思っていなかった。
だが今では信頼しても良い人物ではないかと思い始めている。
「オー、ジェネラル鳩羽!そのフラワーつまり花が置きに召しましたか?オーケー!お好きなだけテイクアウトつまり持って帰ってもよろしい!」
「いや、そういうわけでは・・・」
自分は興味ないが、持って帰れば妖ノ宮は喜ぶだろう。そう考え直し、好意に甘えることにした。
「そうだな。少し貰おうか」
「ノー!いくらでも持っていってオーケーです!」
・・・・・・で、愛禅が気前良く沢山花をくれたために、持ち帰るのに苦労した。
「まあ、ご苦労様。愛禅にもお礼を言っておいてね」
妖ノ宮はもう疑いも解けた様子で、可笑しそうに微笑む。
そして、嬉しそうに真紅の花を両手に抱え上げた。
「ありがとう、鳩羽。とても綺麗だわ」
うっすらと紅潮した頬に浮かぶ艶やかな笑顔。
鳩羽は何故かうろたえた。
「いや、・・・喜んでくれたのならいい」
簡素な部屋は赤い花に彩られ、芳しい香りに満ちていた。
息苦しさを感じるのは、この強い香りのせいなのだと、考える。
鳩羽は息苦しさから逃れるように視線を逸らし、忘れていた土産を取り出す。
「ああ、そうだ、妖ノ宮。これもあなたに」
差し出された風呂敷包みを解いて、妖ノ宮は歓声を上げた。
「まあ!美味しそうね!」
中には、小麦で作られた大小さまざまな菓子。
愛禅の館で出された異国風の茶菓子である。
「待って、今お茶を淹れてくるから。一緒に頂きましょう。鳩羽はお煎餅の方がいいかしら?」
先程とは打って変わった無邪気な笑顔。
慌しく部屋を飛び出す足音に安堵と寂しさを同時に覚え、鳩羽は少し考え込んだ。
最近、妖ノ宮と過ごすたびに感じる不思議な感情について。