走る災厄



「ハーハハハ!」

 哄笑が大地を揺るがす。
 木々を薙ぎ倒しながら疾走する大男。
 人の形をした災厄は、あらゆるものを破壊しながら地を駆ける。もはや誰にも止められない。

「む・・・…?」

 伊魔利はぴたりと歩みを止めた。
 前の前は断崖絶壁、その向こうはどこまでも広がる大海原。伊魔利はふいににやりと和笑うと、
「よし、あれを使おう」
 そう呟いて、崖の淵に身を乗り出した。
 高々と水しぶきが上がる。白波を立てて沖へと突き進む人の影が、波の合間に見え隠れしていた。




 きらきらと日の光を受けて、穏やかに揺らぐ青い水の上を、大きな異国の船がゆっくりと進んでいた。
 八曼へ向かう船は、神秘に包まれた最果ての地への憧れを乗せて、優雅に波間を渡っていた。

「あっ、あれは何だ!?」

 マストの上で周囲を警戒していた船員が叫ぶ。
 その声につられて他の船乗りや乗客も海の上に目を凝らした。

 波の彼方から、水しぶきを蹴散らして凄い勢いで向かってくるものがある。

「ハーハハハ!」

 狂気染みた笑声が、見守る人々の耳を打つ。

「人か!?」
「馬鹿な、海の上を走っているとでも!?」
「待て、あれは……!」

 愉快そうに哄笑しながら海を渡る大男。その両手はがっちりと水上に突き出た魚のひれを握っている。
巨大な鮫は、何が自分の身に起こったのかもわからないまま、恐怖に駆られて闇雲に海中を突き進んでいた。凄まじい速さで船の横を駆け抜けていった。

「ハーハハハハ……」

 笑い声を残して走り去ってゆく珍客の後姿を、船上の人々は呆然と見送った。

「あれが八曼の人間か……」
「想像を絶する所ですねえ……」

 まだ見ぬ地の神秘はいやがうえにも高まるのであった。




「ハーハハハ!」

 静かな砂浜が一転、地獄絵図に塗り変わる。丘に上がった伊魔利は、周囲のものをなぎ倒しながら大陸に奥へと向かってゆく。
 何千本もの矢の雨が、伊魔利の上に降り注ぐ。その悉くが彼の皮膚の表面に当たって力なく落ちていった。

「ば、化け物だ!」
「ハーハハハ!」

 得意げに哄笑していた伊魔りがぴたりと動きを止めた。
 不安げに見守り兵達に向かって、
「つまらん」
 奇妙な一言が放たれる。

「もっと強い奴はいないのかあっ!?」
「う……」
「に、西の国に……ターブルロンドに…………」
「黒貴族、いやヘルゼーエンというという化け物が…………」
「ほう?」

 伊魔りの目がきらりと光る。

「そいつは強いのか?」
「そりゃ、もう、一つの国があっという間に魔物の国に変わったぐらいで…………」
「何度倒されても蘇る、まさに不死身の怪物…………」

 ばんっとこぶしを打ち合わせる音が空を切り裂く。

「面白い!!そいつを倒しにいくとしよう!!!」

 伊魔利はまた凄まじい速度で西に向かっていった。

「ハーハハハ……」

 笑い声を後に残し、災厄は新たな地へと突き進む。

 ターブルロンドで再び、壮絶な戦いが始まろうとしていた。