海を見下ろす道の上に、漆黒の馬が止まっていた。
一組の男女がその上に乗っている。
潮風に艶やかな黒髪を靡かせて、少女は移りゆく色彩を飽きる事無く眺めていた。
「砂浜まで下りてみようか、妖ノ宮」
「ええ!もっと近くで見たいわ!」
鳩羽は手綱を操り、砂浜へと馬を歩ませた。
さくさくと砂が小気味よい音を立て、妖ノ宮は微笑んだ。釣られるように、鳩羽の顔にも微笑が浮かぶ。
波打ち際まで来たところで鳩羽は馬を降り、妖ノ宮に手を差し伸べた。
鳩羽の手を借り、妖ノ宮は慎重に馬から降りた。
二人は砂浜に並んで輝く波に見入っていた。
水平線の上から真紅の輪が覗く。
辺りは、眩しい光に包まれた。
新しい年の、最初の日の初め。
日は輝きを増しながら、天へ高く昇ってゆく。
神流河の姫も将軍も、畏怖の念にうたれたまま、声もなく初日の出を見守っていた。
辺りがすっかり明るくなると、鳩羽は我に帰ったように、妖ノ宮に声を掛けた。
「そろそろ戻ろう。今日はこれからやらなくてはならないことがある。それに、ここは寒い。帰って体を暖めた方が良いだろう」
「・・・はい」
妖ノ宮は夢から覚めたように、鳩羽の方を振り返った。
登り始めた日に劣らぬ輝くような笑顔で、彼に微笑み掛ける。
「ありがとう、ここまで連れて来てくれて。こんな景色は初めて見たわ」
その言葉に、鳩羽は改めて彼女の境遇を思い起こす。
ここに来るまでは、城から出ることもなく、孤独に過ごしていたのだ。
「喜んでくれたのなら、何よりだ。これぐらいのことならいつでもしよう」
「それなら――――」
馬の上に乗せてもらいながら、妖ノ宮は躊躇いがちに呟いた。
「何だろうか」
「来年もまた、連れてきてくれる?」
「ああ。来年も、その次の年もまた、あなたとここで、新しい年を向かえよう」
「ええ、そうなるように頑張りましょうね」
微笑み交わすと、鳩羽は彼女の隣に乗り込み、馬を走らせた。
頭上には眩い朝日。
彼らの行く先は、明るい光に満ちていた。