妖ノ宮は壁に手をつき、大きく息を吐いた。
逃げ道はもう無い。
火の回っていない所は敵兵が待ち伏せている。
(私には無理だったの・・・?)
絶望が心を染め上げる。
四天相克に勝利し、覇乱王の後継者として認めてもらうことはできた。
だが、数年のうちに神流河は荒れ、崩壊の一途を辿っている。
後盾の庇護も失い、妖ノ宮はただ一人、こうして滅びの時を待っているのだった。
(神流河を維持することさえできなかった)
所詮自分は飾り物の姫でしかなかったのだろうか。
己の無力を嘆く妖ノ宮の脳裏に、かつて松左京で交わした会話が蘇った。
『これからが本当の戦いの始まりだ。神流河と古閑、いずれが八曼の実権を握るのか』
覇気に満ちた古閑の主。
・・・自分は、期待に添えなかった。
古閑と互角に渡り合えるような存在にはなれなかった。
『この戦いが終わったあかつきには・・・・・・伝えたいことがあるのだ』
不思議なほど、心を揺すぶられた、その言葉。
会う機会はあまり無かったが、いつも自分の心の奥にはあの時の――――古閑隼人の面影があったと妖ノ宮は改めて思う。
(あの続きを、聞きたかった・・・)
天井が崩れ落ち、道を塞いだ。
揺らめく炎をただ眺めている彼女の瞳に、人影が映る。
「妖ノ宮?」
なぜ、彼がここに?
夢でも見ているのだろか?
「妖ノ宮!」
今度ははっきりと、その声が耳に届いた。
「あなたと戦う日は来なかったわね。私は、八曼の支配者になれそうもないわ」
「なれるさ。私と共に来ればな」
妖ノ宮は目を見張った。
隼人は強い眼差しで炎の向こうから、彼女を見詰めている。
「神流河と古閑の戦いは、間も無く終わる。そうしたら、伝えたいことがあると、言わなかったかな?」
火柱が、二人の視線を遮った。
隼人が傍らの兵に何かを命じる。
轟音が響き、炎が大きく割れた。
「妖ノ宮、こちらへ!」
隼人が手を差し伸べて、呼びかける。
その声に引かれるように、妖ノ宮は炎の間を駆け抜けた。
ふらつく体を力強い手がしっかりと支えた。
「よし、無事だな。直ちに脱出するぞ!」
「はい!」
妖ノ宮は頷き、隼人と手を取り合って燃え盛る城内を後にした。
神流河を征服した古閑は、たちまち八曼一の強国に発展し、その覇権を揺ぎ無いものとした。
統一された八曼の王の傍らには、かのあやしの姫がいたと、伝えられる。