伽藍はおろおろと尋ねた。
妖ノ宮は布団から半ば身を起こし、躊躇うようにお椀を覗き込んだ。
椀の中にはどろりとした濃い緑色の液。見るからに怪しげだが、良く効く薬だという。
つんと鼻にくる臭いに顔を顰めながら、妖ノ宮はゆっくりと中身を飲み干した。
桂は落ち着き払って答えた。
「ただの風邪デス。心配することはありまセン。主様はいつものようにお仕事なさってくだサイ」
「私なら大丈夫よ、伽藍。桂がついててくれてるし、今日は大人しく寝てるわ」
「ならばよいのだが。妖ノ宮よ、くれぐれも無理するでないぞ」
百錬京へ遊びに行った翌日、妖ノ宮は熱を出して寝込んだ。
都で風邪が流行っていたからうつってしまったのだろう。
とにかく、今日は大人しくするしかあるまい。伽藍も心配するし。
伽藍が部屋を出ると、妖ノ宮は布団の上に横になった。
桂がしっかりとくるみこんでくれる。
「では、暖かくしてお休みくだサイ。お昼には何か食べやすいものを作っておきまショウ」
「ええ、ありがとう、桂」
大きなお椀に隠れて表情はわからないが、彼女が微笑んだような気がした。
この森の妖達は皆優しい。
人は何故彼らを恐れるのだろう。
こうして付き合ってみれば信頼できる相手だとわかるのに。
(私がやらなくてはならないのね・・・)
今日は寝込む破目になったが。
起きたら、もっと伽藍の理想に協力しようと妖ノ宮は決意しつつ、眠りに落ちた。
それから一刻。
そっと障子が開き、間から白い毛が遠慮がちに覗いた。
差し出した大きな手の平の上には、橙色の果実。
「妖ノ宮、具合はどうか?蜜柑は風邪に良いと聞く。食べるといい」
「姫様はお休みなさったところデス。後でお越しくだサイ。お蜜柑は渡しておきまスネ」
「む、そうか」
伽藍は顔を引っ込めた。
それから、さらに小半時。
「風が強くなってきたが、妖ノ宮。寒くはないか?」
「しっかり障子は閉めてあるカラ、大丈夫デスヨ」
「そうか、ならばよい」
伽藍は再び引っ込んだが、さらに一刻。
「妖ノ宮・・・」
「主様・・・。そう度々来られテハ、姫様がゆっくりお休みできまセンヨ?」
流石に呆れた口調で桂が嗜める。
「む。済まないな、姫」
妖ノ宮は目を開いた。
「楽になってきたから、いいわ。何かお話してくれる?」
「うむ!では、何の話が良いかな・・・」
嬉しそうに妖ノ宮の枕元に座る伽藍を見て、桂は小さく溜息を吐いた。
「それデハ、お昼の支度をしてまいりまショウ」
が、暖かな口調で告げると、そっと部屋を後にした。
妖ノ宮は寝床の上に起き上がり、伽藍と一緒に芋粥をすすっていた。
柔らかく煮た芋の甘さと暖かさが身に染みる。
それ以上に、妖達の心使いが嬉しかった。
心配してくれたのは、伽藍だけではない。
石蕗は魚を釣ってくるし、天上・天下は見回りの帰りに茸を採ってきて、大笹・小笹は花を摘んできた。
他にも、木の実や果物の見舞いがいくつも届いて来ているのだった。
翠も百錬京から風邪に効く薬を送ってくれた。
(幸せだわ、私は)
たった一人で過ごした昔の自分。
今は、全く違う世界が開けている。
伽藍が目指している世界とは、このようなものなのだ。
「伽藍。私もこれからもっと頑張るわ。人と妖が仲良くしていくために」
妖ノ宮がそう告げると、伽藍は心から嬉しそうな笑みを浮かべた。
「うむ、姫の助けがあれば、きっと我の理想は実現できる。そなたの気持ち、亡き覇乱王も喜んでいよう」
それはどうかと思いつつ。
この幸福な生活を与えてくれた心優しい狼にはどこまでも付き合っていこうと妖ノ宮は決意を固めるのであった。