空は青くすっきりと晴れ渡り、日は咲き誇る花々に柔らかな光を投げかけている。
妖ノ宮は空を見上げ、晴れやかな笑顔で語った。
「今日は気持ちのいい日ね」
「・・・・・・」
彼女の傍らの半妖の若者は答えを返さない。
脱力したように俯き、大きな耳までが元気無く垂れ下がっている。
その姿をしばし観賞した後、妖ノ宮は尋ねた。
「疲れてるわね。聖。どうしたの?」
「ああ・・・。昨夜、遊行兄さんの家に行ったのだが・・・・・・」
茶店の椅子に並んで座る。 傍らには満開の桜。 桜の花びらを浮かべた茶は、ほんのり甘く、良い香りがする。
、妖ノ宮は良い聖の身を案じつつも良い気分で話に耳を傾けた。
聖の兄弟子・遊行が釈放され、聖は彼の家に招かれて行った。
赤月の凪等他の兄弟弟子も交えて祝いの宴が始まったのだが・・・。
「その席で・・・」
眉を寄せ、顔をしかめる聖を妖ノ宮が心配そうに見守る。
すると、聖の背後から小さな人影が現れ、その耳を掴んだ。
「ひゃああ!?」
悲鳴を上げる聖。
三つぐらいの小さな女の子は楽しそうに耳を弄っている。
「うわあ、ふかふか!!」
「や、やめろ!ひっ!?おい、妖ノ宮!笑ってないで止めてくれ!!!」
「はあ・・・」
「災難だったわね。落ち着いてお話の続きを聞かせて頂戴」
妖ノ宮が手渡した茶をゆっくり飲み干すと、聖は口を開いた。
「・・・先程のようなことがあったのだ」
苦虫を噛み潰したような表情で聖は語る。
妖ノ宮は饅頭を噴出さないよう、笑いを堪えた。
遊行の子供が聖の耳を触り出し、幼い兄弟弟子も加わってきた。
仕舞いには凪まで混じっていたような。
制止する遊行まで羨ましそうな顔をしていたのは気のせいか。
「何故だ。最近、このようなことが多くなった」
「それは、聖が変わったせいじゃないかしら」
以前の聖は常に人を寄せ付けない空気を纏っていた。
気軽に近づけるような相手ではなかった。
妖ノ宮は一向に気に掛けなかったけれど。
今では、その頑なな態度が和らぎ、いくらか親しみやすい雰囲気に変わっていった。
「そうだな。お前の影響か」
目を閉じ、物思いにふける聖。
「はっ!?」
突然、目を見開き、聖はさっと身をかわした。
先刻の子供が残念そうに狐色の耳を見詰めている。
「駄目よ、いきなり触っちゃ。もっと油断してるところを狙うのよ」
「おい、何を吹き込んでいる」
子供を囲んで牽制しあう二人の元へ、若い女が走ってきた。
「近寄っちゃいけません!そんな耳に騙されて・・・」
子供を庇うように背に隠した女は何故か、聖の耳を物欲しそうに見詰めている。
「触ってみませんか?大丈夫ですよ、聖は怒りませんから」
「あら、いいのかしら・・・」
「何を言うか!?」
妖ノ宮は聖に耳打ちする。
「いいじゃないの、印象を良くして、町の人とも仲良くなるいい機会よ?」
「む?そうだろうか・・・?」
「みみ〜」
子供の方も母親の背後から顔を覗かせてわくわくした表情で二人を見守っている。
聖は折れた。
「・・・少しだけだぞ」
「わあい!」
「では、失礼して・・・」
「おわああ!?少しは加減しろ!!」
しばしの後。
ぐったりした聖と妖ノ宮に母親は頭を下げ、子供の手を引いて去っていった。
「またね〜」
「また、は無しにしてもらいたいが・・・」
手を振る子供に妖ノ宮も手を振り返し、楽しげに聖の方を振り返った。
「良かったじゃない。揚げ寿司まで貰ったし。何かあったら仕事を頼んでくれるって」
「・・・そうか。そうだな、もっと仕事に励まねばなるまい。お前との仲を認めてもらうためにも」
「え・・・」
不意打ちのような言葉に妖ノ宮は頬を赤らめる。
「とりあえず、寿司を頂くか。お前も食べるといい」
「ありがとう。ところで・・・」
妖ノ宮が怪しい笑みを浮かべていることに聖は気づいた。
「私はまだ触らせてもらってないんだけど・・・」
「昨日も触っただろう、お前は!」
「今日も触りたいの!」
「断る!」
「みみ〜」
「三歳児並みか!?」
「・・・・・・」
妖ノ宮は訴えるような眼差しでじっと聖を見上げた。
聖の心が揺らぐ。
「・・・わかった。好きにするといい」
目を輝かせて耳に飛びつく妖ノ宮を見ながら聖は、一生これが続くのだろうかと案じた。
それも悪くないかもしれないと考えている自分に驚きながら・・・・・・。