待ち構えていたように、ふわりと紅い着物が庭先へと降りる。
黒装束に身を包んだ男は、主の姿を認めると、一枚の紙片を差し出した。
「これが、例の製法だ」
「悪いわね。こんなことにまであなたを使って」
「たまにはこんな任務もいいさ。では、健闘を祈る」
音も立てずに影は失せ、妖ノ宮は部屋に戻った。
蝋燭の灯りの元、紙片に目を通す。
その内容を理解し、彼女は軽く眉を潜めた・・・。
「ええ、確かに約束した通りね。ご苦労様、お代はこれで」
「マイドアリガトーゴザイマース!」
「松左京まで来てそんな用事とは、驚いたね」
「まあ、ほんのついでよ。では、ご期待にお応えしてもっと面白いお話をしましょうか」
「構わんよ。ささやかな道楽ぐらい私も持ち合わせているからな。
四十六時中政治のことばかり考えていたのでは、息も詰まるというものだ。今日は西方の文化についてお教えしようか」
「珍しい姫君ですね。このような品をご所望とは。お望みとあれば、いくらでも完成品をお持ちしますが」
「自分で作ってみたいのよ。そうすれば、もっと楽しいと思わない?」
「ふふふ、そういう考え方もあるものですね。ますますあなたに興味が湧いてきました・・・」
とある茶室の中。
様々な伝を頼って入手した品々を眺め、妖ノ宮は再び紙片を手に取った。
(ふう・・・。ここまで集めるのは大変だったわ。八曼に無いものが多いし・・・。後は、この通りに作るだけだけど・・・)
黒い服を着た少年が、茶室の入り口から現れる。
「妖ノ宮、遅くなって申し訳ありません」
「良く来てくれたわ。私一人ではちょっと不安なの」
「はい、では一緒に作りながらお教えしましょう。異国の儀式の折に何度か作ったことがありますからね」
しばらくの後。
「できたわ!」
妖ノ宮が惚れ惚れと完成した作品を眺めると、典三も微笑んだ。
「ええ、初めてにしては上出来ですよ。では、皆さんをお呼びしましょうか」
「そうね。ここは大人数が騒ぐには狭すぎるし、座所まで運ぶには人手がいるわ。そろそろ若四獅の皆も来る頃でしょう」
妖ノ宮と典三が茶室を後にすると、がたりと天井板が動いた。
軽やかに飛び降りた夜光は、膳の上を見て目を細めた。
切り株を模した西洋菓子。
切り口は鮮やかな渦巻き模様を見せ、緑の蔦が絡まり、雪のような白い粉が振りかけてある。
その隣には、緑の木が色とりどりの装飾品を付けて部屋に華やかな趣を添えていた。
天辺には金色の星。
「杞憂だったか。あの姫は実に多才だな。さて」
夜光は、手にした瓶を膳の上に置いた。
異国語が描かれた、硝子瓶。
中の液体からは時折泡が浮かび上がる。
「弱い酒だし、妖ノ宮も一応大人だ。宴には良かろう。・・・かの国ではどのように言うのだったかな。そう、『メリー・クリスマス』」