もふもふ仮面



 四天相克が終結。
 妖ノ宮は、後盾であった伽藍と離れ、一人でひっそりと暮らしていた。
 だが、覇乱王の遺児であり、妖の血を引く彼女の存在をを新しい神流河は許さなかった――――。



 漆黒の宵闇の中、赤々と炎が天を指して噴き上がる。
 煙と熱が背を焼く。
 つい先程までいた部屋は、既に猛火に包まれ、崩れ落ちようとしていた。

 起き上がろうとした妖ノ宮は、左の足首に走る痛みに再び膝をついた。
 窓から飛び降りた時に捻ったのだろうか。

 身動きの取れない彼女を、たちまち赤月の隊員が取り囲んだ。

「妖ノ宮、貴様はもう終わりだ!」
「頭からの命令だ。『妖ノ宮は必ず殺せ』とね。悪く思うなよ」

 じりじりと間を詰める隊員。
 その顔に哀れみや情けというものは存在しない。
 赤月の者は皆、妖を憎んでいると聞いた。
 見逃してもらえる可能性など、万に一つもないだろう。

 ああ、こんなことならもっと妖力を鍛えておくべきだった。
 いずれにせよ、妖として狩られる運命なのだから。
 火遊びをするたびに伽藍が気の毒なほどおろおろするので、いつしか妖力を使わなくなっていた。
 あの平穏な一時は、あまりにも遠い。

『困ったことがあれば、いつでも呼ぶが良い。我はそなたのために、いつでも駆けつけよう!』

 別れを告げた妖ノ宮に、伽藍はそう言った。

「伽藍・・・・・・」

 思わずそう呟いた妖ノ宮に、容赦無く凶刃が襲い掛かる。

 その時。

「ぐっ!?」
「がっ!?」

 隊員達が吹き飛んだ。

 炎を背に浮かび上がる大きな影。
 何故か覆面を被っていたが、あの懐かしいふさふさした純白の毛は変わる事無く夜風に靡いていた。

「お、お前は……!」
「まさか、伽ら」
「我はもふもふ仮面!」

 その狼はきっぱりと告げた。
 隊員達は間の抜けた表情をする。

「いや、だから伽」
「妖を理不尽な暴力から救う者!だが我は同時に人の友でもある!赤月の者達よ!か弱き姫をいたぶるのは止め、仲良くしようではないか!」

 あまりの展開に呆然とする赤月の隊員達。そして、妖ノ宮。
 まあ、伽藍らしいと言えなくもないか……?
 妖ノ宮の胸中に安堵が広がる。
 とにかく、「いつでも駆けつける」と言ったのは、本当だったのだ。

   だが、伽藍の説得は赤月の隊員達には何の感銘も与えなかったようだ。
 ・・・・・・今までのように。

「ふざけやがって!」
「まとめてぶっ殺す!!」
「グム・・・仕方あるまい。今は姫の安全が第一だ」

 伽藍はひょいと妖ノ宮を肩に担ぐと、天へと舞い上がった。

「さらばだ、赤月の戦士達よ。いずれ、また会おう!」

 金色の狼は、月の光の中へと消えていった。

 ざわざわと夜風に揺れる黒い木々の合間、小さな広場に狼はふわりと着地した。
 覆面を外すと、ふさふさした毛が月明かりに煌く。
 ひんやりとした風に晒されて、伽藍はほっとしたように吐息をついた。

「むう・・・・・・。やはり、覆面というものは暑くていかん。二度と人前に出ないと言った手前、素顔のままでは出にくくてな」

 妖ノ宮は金色の毛に触れてみた。
 ふわふわ、もふもふ。

 ああ、懐かしいこの感触。
 やっぱり伽藍の毛は最高だ。

「こ、これ、姫よ。そんなにはしゃいでは、落ちてしまうぞ!」

 もふもふ!
 もふもふ!
 もふもふ!
 もふもふ!
 もふもふ!
 もふもふ!

 久々に存分に伽藍の毛皮を堪能する妖ノ宮であった。



 赤月の頭、夢路の台頭により、神流河は妖の住めない土地へと変貌してゆく。
 そんな中、かろうじて難を逃れた妖達は一様に語った。
 もふもふ仮面とあやしの姫の活躍を。