「ミヤ――――!」
最愛の人の声に妖ノ宮は微笑を浮かべて振り返った。
「ほら、ミヤの好きなあの団子、買ってきたよ!」
「ありがとう、数寄若。後で一緒に頂きましょう」
どことなく夢見心地のまま答える妻の様子に数寄若は少々首を傾げ、満開の桜を見上げて笑う。
「ああ、綺麗に咲いたね!今日はこのままお花見でもしようか?」
「いいわね!――――ねえ、数寄若。向こうでも、桜が見られるかしら?」
「うーん。こっちとは気候も生えてる木も違うみたいだからなあ。持っていってもちゃんと育つかどうかはわからないよ」
「じゃあ、これが見納めかもしれないわね」
「そうだね」
彼らはもうすぐ、八曼を去り新しい大地で新しい生活を始めることとなる。
その冒険を楽しみにしているとはいえ、多少の寂しさを感じるのはやむを得ない。
おろらく、二度とここに戻って来ることはないであろうから。
生まれ育った神流河の国。別れを告げる間も無く、離れなければならなかった人々。
楽しい新婚の日々を送った、この小さな村。親切にしてくれた村の人々。
だが、彼らの目には、強い希望の光が灯っていた。
「でもね。桜は無くてももっと素晴らしい景色が見られると思うの。あなたがいるもの」
「うん。ミヤと、俺達みんなで作る国は、きっと最高の国になるよ!」
「ええ、きっとね」
二人は手を繋いでしばらく桜を眺めていた。・・・が。
「数寄若。お団子は?」
妖ノ宮が懇願するように呟くと、数寄若は笑って風呂敷包みを取り出した。
「あはは、やっぱりミヤは花より団子なんだな!」
「あら、そんなことないわよ。綺麗なお花が咲いていればお団子がもっと美味しくなるし、お花だっていつもより綺麗に見えるわ!」
「だよな!あ、真継!弁太!お花見しようぜ!」
花びらは祝福するかのように、寄り添う若い夫婦に降りかかる。
春らしい明るい一日であった。