「むむ……。どうしたものか」
そろそろ日が傾きかけている。
妖ノ宮を座所へ送り届けるべきであろう。
だが、彼女の後ろ盾は妖の天敵・赤月の総長夢路である。
妖ノ宮を起こすに忍びないが、配下の妖達を赤月本部に近づけるわけにはいかない。
(…………とりあえず、森の入り口まで送り、町から籠を呼ぶことにしようか)
「森長ー!大変です!」
伽藍の思案を断ち切るように、兎の姿をした妖が慌しく駆け込んできた。
「どうした?」
「森の入り口に……!」
暖かな空気の中。
芋の焼ける香ばしい匂いが漂っている。
ぱちぱちと踊る炎を、妖ノ宮は楽しげに見つめていた。
(ああ、美味しそう。もう焼けたかしら?)
木の枝でそっと焚き火をつつくと、ぱっと火の粉が舞い上がった。
目の前には、ごうごうと音を立てて燃え上がる炎。
「焼き芋はっ!?」
「ああ?何寝ぼけてんだよ、いい加減目ェ覚ませ!」
いつもの自分の部屋の中。揺らめく炎の向こうに、不機嫌そうな夢路の顔が見えた。
妖ノ宮の目の前は炎…………。
ざざっと妖ノ宮は後ずさりをした。
「危ないじゃないの!」
「あっはっは!もうちょっと寝たままだったら、火ィつけてやろうと思ったんだがねえ!」
夢路は狼狽する妖ノ宮を見て愉快そうに笑った。
「お前も食っちゃ寝してばっかいないでもっと動けよ。重くてしょうがねえ」
「これでも軽い方よ。夢路こそ鍛えた方がいいんじゃないの」
はっと妖ノ宮は立ち去ろうとする夢路を見返した。
「ひょっとして、あなたがここまで連れてきてくれたの?」
「知るか!僕はお前みたいな大喰いじゃないんだ、残り物はちゃんと始末しとけよ!じゃあな!」
夢路はうろたえた様子で乱暴に言葉をさえぎり、部屋から出て行った。
部屋を見回すと、夢の中から漂ってくるような匂い。
机の上に大きな焼き芋が三つ並べてある。
妖ノ宮は首を傾げる。
(やっぱり……おかしいわ)
焼き芋をかじりながら、妖ノ宮は思案した。
沈蛇湖から帰って以来、夢路の態度が変わってきた気がする。あまり正義正義と言わなくなった。
戦いの後で言われた言葉を思い出し、妖ノ宮は何故か頬が赤くなるのを感じた。戸惑いを振り切るように決断を下す。
(今度、伽藍に相談してみよう)