人気の無い森の入り口に、現れた人影。
その森は妖の森――――入った者は永久にさ迷い続けるとも、妖に喰われるとも噂され、
恐れられる場所である。
薄暗い木々の間を、その娘は平然とすり抜け、奥へと入って行った。
彼女は知っていた。
この森の主を。
迷った人間を救い出している心優しき妖のことを。
夕暮れの弱い光がほのかに行く道を照らす。
迷いの無い足取りで、妖ノ宮は自らの座所に向かっていた。
ひんやりとした風が吹き抜ける。
ときおり足元の花などに目を向けながら、妖ノ宮は歩く。
楽しげな笑みがその顔に浮かんでいた。
細い道の先に、大きな影が立ちふさがった。
ふさふさとした毛が夕闇の中に浮かび上がる。
妖ノ宮の瞳が輝いた。
「伽藍!」
駆け寄ってくる妖ノ宮を、伽藍は暖かな笑顔で迎えた。
「今日も無事に帰ってきてくれて嬉しいぞ、妖ノ宮。暗くなってきたので、迎えにきた」
「あら、大丈夫よ。ここを歩くのにも慣れたもの。でも、迎えに来てくれて嬉しいわ」
妖ノ宮は白い羽毛に埋もれた手を取り、共に家路を辿る。
空には星が輝き始めていた。
「もう星が出ているわ。綺麗ね」
「もっと近くで見るかな?妖ノ宮?」
伽藍はひょいと妖ノ宮を肩の上に担ぎ上げた。
楽しげな笑い声が茜色の空に響く。
「まあ、今日の夕焼けは本当に綺麗ね!」
「うむ。もう数え切れないほど見てきたが、一向に飽きることは無い」
「ねえ、伽藍」
妖ノ宮は伽藍を穏やかな瞳で見下ろした。
「帰る所があるって、いいものね」