「ほう、これは見事だな!」
「だろ?苦労したんだぜ~」
「ウガー!」
小笹が自慢そうに語ると大笹も嬉しそうに唸る。
こんがりと美味しそうに焼きあがった猪肉に、暖かい湯気を立てている汁。椀の中には猪肉と野菜が仲良く漂っていた。
「では、冷めぬうちに頂くとしよう!・・・・・・」
周りを見回した伽藍。
その言葉がふいに途切れる。
囲炉裏の向こう側から、妖ノ宮が冷たい視線を送っていた。
彼女の前には、朝露を入れた小さな茶碗があるだけ。
「私のことは気にしないで。美味しく頂かなくては大笹に悪いわ」
つんとした表情で妖ノ宮は視線を伏せ、で椀の水をすすった。
清らかな澄んだ水は美味しく心身ともに清められるようなものであったが、それだけで一回分の食事になるはずがない。
「ひどいぞ、伽藍様!姫様にも食わせてやれよ!」
「ウガー・・・」
「先程、説明したであろう。これは妖ノ宮への仕置きなのだから、口を挟むことはならぬ。こっそり分けてはならんぞ」
「いいのよ。私が悪かったんですもの」
そう言いつつも、恨みがましい目で料理を食べる伽藍を時折見てしまう妖ノ宮。
小笹と大笹はまだ納得のいかない顔をしているし、石蕗や天上、天下、桂もいつもより口数が少ない。
気まずい雰囲気のまま、豪華な朝食は終わった。
伽藍は妖ノ宮に向かって、真剣に諭す。
「・・・・・・妖ノ宮。これも、ヌシに覇乱王の後を継ぐに相応しい為政者になってもらいたいがため。こらえてくれぬか」
「ええ、わかってるわ。父の存在は、伽藍にとって本当に大切なものですもの。ごめんなさい」
「わかってくれれば良いのだが・・・」
しゅんとうな垂れたまま自室に戻る妖ノ宮を伽藍は不安げに見送った。
小笹・大笹の非難がましい表情に、伽藍は重ねて言った。
「我は妖ノ宮の後盾になると誓った。今は亡き覇乱王に代わり、我には姫を立派な後継者に育てる義務がある。
妖ノ宮は、人と妖の架け橋となる、無二の存在。甘やかすわけにはゆかぬのだ」
食卓を片付けながら、桂は一人ごちた。
「どこまで続きマスヤラ」
それから二刻もした頃であろうか。
伽藍は妖ノ宮の部屋の前にいた。
「妖ノ宮。いるだろうか」
「何かしら、伽藍?」
ふくれっつらのまま振り返った妖ノ宮は、目を丸くした。
伽藍は両手にお菓子を山盛りにした盆を持っている。
「まあ、どうしたの、そんなに?」
「うむ・・・。どれがヌシの口に合うのかわからぬのでな。色々用意してきた。人間の町で買ってきたものもある」
妖ノ宮は目を輝かせてお菓子の山に手を伸ばした・・・が、その手を引っ込める。
「あ・・・でも、食べていいのかしら」
「構わぬとも。抜くのは朝食だけだ。多すぎるのであれば、置いておいても良いぞ」
「とんでもないわ!伽藍も一緒にどう?」
「うむ。共にに茶を頂こう」
すっかり機嫌を直した妖ノ宮に、伽藍も嬉しそうな笑顔で答える。
日差しが暖かい。
さらさらと心地良い風の音を聞きながら、縁側に座って妖ノ宮と伽藍は一緒にお茶とお菓子を楽しんだ。
「覇乱王はヌシに言って聞かせなかったか?姫は人と妖の共存の証であろう」
妖ノ宮の表情が曇る。
「いいえ。城に連れて来られてから、父が私に会いに来たことはないわ」
「・・・そうであったか。多忙な御仁ゆえ、そのような余裕は無かったのであろう。それでは、覇乱王のことがわからないのも無理はあるまい」
瞳を閉じ、少々考え込んだ後、伽藍は力強く宣言した。
「では、今日は覇乱王について、我の知る限りのことを教えよう!良く聞いておくのだ、妖ノ宮。
ヌシにもいずれわかる時が来るであろう、綺羅星のようなかの英雄のことを!」
思わず口に含んだどら焼きを噴出しそうになりつつ、妖ノ宮は伽藍を見上げた。
朝日に羽毛を金色に輝かせつつ、伽藍は覇乱王について語っている。
その表情が生き生きとして楽しそうなのを見、妖ノ宮は表情を和らげた。
伽藍は本当に嬉しかったのだ。
自分達に歩み寄ってくれる人間がいたことが。父の真意が何であろうと。
いつか、その夢が打ち砕かれる時が来るかもしれない。