ピクニック



 よく晴れた日の朝、鎮守の社の境内の中。
 アティはバスケットを持ち軽く頬を紅潮させて現れた。
 辺りには誰もいない。アティは小さく息をついて社の壁に寄りかかった。

 愉しげな目で空を見上げると、緑の間から青空がのぞき、綿のような雲がゆっくりと流れてゆく。アティは澄み切った朝の空気を胸一杯に吸い込んで、バスケットを抱え込んだ。今日はどんな一日になるだろう?

 石段の下から足音が響き、青い瞳が輝いた。鬼忍の青年が境内に登って来る。

「遅れて申し訳ありません、アティ」
「大丈夫ですよ、そんなに待っていませんから。あんまり楽しみだったから、早く来ちゃいました」

 嬉しそうに話す彼女を見て、キュウマも自然と笑顔になる。

「では、参りましょうか」
「はい! 今日はのんびりしましょうね」

 肩を並べて仲良く歩く二人。
 賑やかな鳥の声が幸福な一日を予感させた。




 森を抜け、海沿いの道を辿ると、開けた場所に出た。
 色とりどりの花が風に揺られている。

「着きました! ここのことを教えてもらってからずっと、いつかキュウマさんと一緒に来たいと思ってたんですよ」
「そう思って頂けるとは、光栄です。それで、どのように過ごしましょうか」
「何もしなくていいんですよ。ほら、こうして座っているだけでもいい気持ちでしょう?」

 アティはバスケットを下ろすと花畑の中に腰を下ろした。キュウマも促されるままにその隣に座り込む。

「いいお天気で良かったですね。ほら、空も海もあんなに綺麗ですよ」

 キュウマは少し戸惑いながら、辺りを眺めた。広い空と海がどこまでも続く、海辺の景色。その暖かな色合いは、剣を振るう彼女の瞳を思い出す。優しい香りに包まれ、光に満ちた花園は楽園そのものに思えた。

 そう感じるのは、彼女がいるからだろうか・・・。キュウマはアティを振り返った。
 鮮やかな赤い髪を風に靡かせて、くつろいだ様子で海を眺めている。頬と唇は桜色に輝き、瞳には少女のようなきらめきが宿っている。目の前の景色以上に心を惹きつけられて、思わずじっと見つめてしまう。

 ふと目線が合い、キュウマは思わず目を伏せる。
「来て良かったですね? 今日は特に綺麗に見えますから」
「・・・はい、本当に・・・綺麗です」

 どちらのことを言っているのか、自分でもわからないまま、キュウマは答えた。




 やがてアティは周囲の花を摘むと、せっせと編み始めた。花を組み合わせて一本の縄のようにし、両端を繋げて一つの輪を作る。

「はい、できました!」

 誇らしげに花輪を掲げてアティは告げた。
 キュウマは思わず笑い、

「成る程、上手くできていますね」
「本当ですか? じゃ、これはキュウマさんにあげますね」

 アティははしゃぐように言うと、花輪をキュウマの頭に乗せた。

「いえ、アティ・・・。 このようなもの、自分には似合わないと思いますが」
「そうですか? 似合ってますよ」

 きらきらといたずらっぽく輝く瞳で、アティは銀色の髪の上でゆらめく華やかな冠を眺めていた。

 キュウマは困ったように笑うと、傍らの白い花を摘む。

「あなたの方が似合います」

 光の中で燃えるように輝く赤い髪に白い花を挿した。

 アティの白い顔が髪に劣らず赤くなる。

「あ、ありがとうございます・・・」

 柔らかな風の吹き渡る中、互いに手を取り、花の合間をゆっくりと歩く。
 多忙の日々の合間の貴重な休息。
 この大切な一時を、共に噛みしめる。

 明日からまた、きっと忙しくなるのだろうけど、この思い出はいつまでも残る。