「こうして一緒に月を見るのも、しばらくお預けですね」
「まだ休まなくてもよいのですか? 明日からまた長い旅が始まるのでしょう」
「ここでお話できるのは、今夜で最後だから。 できるだけ長くいたいんです」
そう答えると、アティはキュウマに身を寄せた。肩が触れそうなほど近い距離。
急に早くなる鼓動に戸惑いながら、キュウマはアティを見つめる。
月の光を映した青い瞳が揺らぎ、アティは目を伏せた。
「ごめんなさい。 この前はキュウマさんのことを笑いましたけど、やっぱり私もここを離れるのが辛いんです。
この島は、私にとってもう一つの故郷になっているから」
キュウマはその声に静かに耳を傾ける。
その彼に微笑を向けて、アティは続ける。
「辛いことも悲しいこともたくさんあったけど、ここにいる時はいつも幸せだったんです。
島の外に出てもきっと、月を見るたびにこの場所のことを思い出します」
「そうですね・・・。 自分もここであなたと過ごした時のことを決して忘れないでしょう」
「本当にたくさんのことをお話しましたね。 でもキュウマさん」
「はい」
「どうして私に主君になって欲しいなんて言ったんですか?」
わずかに非難を込めてアティは尋ねる。
キュウマは困惑したように、
「おかしなことを言いましたでしょうか。 何よりあなたのためになるようにと考えた結果なのですが」
彼女のため。ただそれだけを考えて決めたこと。
(そうですね、それだから・・・)
だから彼のことを放っておけないのだ。あまりにも不器用で純粋な人だから、いつも側にいて見守っていなければいけないと思ってしまう。
魂を包み込むような青い優しい瞳を真っ直ぐに見つめ、キュウマは、
「ですが、もう自分の気持ちを偽るのは止めます。・・・アティ」
何よりも大切なその名を口にする。
「はい、キュウマ・・・」
白い頬を微かに紅潮させてアティは答える。
「自分はここであなたのご無事を願っています。 あなたがこの島に戻り、再び共に過ごす時が来るまで・・・。 ・・・それで、自分は、あの・・・」
「・・・?」
急に赤くなり言葉に詰まるキュウマをアティは不思議そうに見つめる。
「いえ・・・。 この続きはあなたが帰って来てからに致しましょう。 立派にお勤めを終えて下さい」
「はい。 あの子とお別れするのは寂しいけど、島に帰るのが楽しみです。 みんなにたくさんお土産を持って帰って来ますね。
島の外のお話もしますから、楽しみに待っていて下さいね」
二つの影は寄り添ったまま、いつまでも夜空を見上げていた。
銀の月は彼らに明るい光を降り注ぐ。