どさっと重い音が雪の上に響く。
「アティ!?」
異変を察してキュウマは坂の上を駆け上がった。
雪の塊がもこもこと動いて、赤い頭がその中から現れた。
「うわあ、びっくりしました」
白い息が夜風に溶けていく。
「大丈夫ですか?」
「はい・・・。雪の上ですから、怪我はありません」
手を貸して助け起こしながら、キュウマは呆れたように尋ねた。
「なぜこのような無茶をなさいますか」
全身から雪を払い落としながら、アティは決まり悪そうに説明した。
「すみません・・・あの、花を取ろうと思って」
見上げた山の斜面に、桃色の花が一塊になって咲いている。
名残惜しげに見上げるアティ。
「この時期に咲く花なんて珍しいですよね。学校に持っていけば、みんな喜んでくれると思ったんですけど。
でも、厚着の上にこの雪じゃ、さすがに難しいですね」
「では、自分が取って参りましょう」
「えっ? でも、危ないですよ」
「お任せください」
アティの視界から、キュウマの姿が消えた。
さっと黒い影が崖の斜面を奔り、かすかに花の群れを揺らす。
その直後、アティの目の前に桃色の花を手にした鬼忍が降りてきた。
「すごいです!」
素直にアティが感嘆を示すと、キュウマの頬に朱が差す。
「これでもシノビですから。たいしたことではありません」
「でも、私はできなかったんですよ?軍人として訓練も受けてたのに。やっぱりすごいですよ!・・・からかってなんかいませんよ?」
「あ・・・はい・・・」
赤くなりながら、キュウマはアティに花を差し出した。
アティは嬉しそうに花束を受け取った。
冷たい空気の中で薄紅の花びらは生き生きと月明かりに輝いている。
ふわふわとした花が白い変えに映え、キュウマは思わずわれを忘れて見惚れていた。
「綺麗ですね。こんな寒い雪の日でも花を咲かせるなんて。私もこれぐらい強くなりたいです」
明るい笑顔に小さな影が差す。
その彼女に何を言うべきか、キュウマは迷った。
どこまでも澄んだ青い瞳が彼を捉える。
「キュウマさんがいてくれれば、私は強くなれます。だから、だから、どこにも行かないで下さいね?
そうなったら、きっと私は弱くなってしましますから」
瞳を伏せ、アティは浮かび上がる涙を隠そうとした。
銀色の髪がふわりと揺れ、白い頬の上に雪の破片が落ちる。
冷たい、柔らかな感触。
赤い髪を振り上げて見上げた空には雲一つ掛かってない。
不思議そうな顔のまま、キュウマを見上げる。真っ赤になって口元を押さえる彼をみて、アティは雪片の招待に気づいた。
再び俯く彼女。
沈黙に耐えられなくなったのか、ぎこちない口調で語りかけるキュウマ。
「あ、あの・・・。 今夜の月も、綺麗ですね」
「は、はい! 夜の雪景色もいいものですね」
「少し、歩きましょうか?」
「・・・はい」
夜風がどれほど冷たくても、寒さを感じない。
二人寄り添ったまま、白く染まった世界を歩き出す。