(うーん・・・)
軍学校での授業を思い出しながら、ステップを踏む。ちゃんとした動きになっているのかどうか、心もとない。
(やっぱり一人だと踊りにくいですねえ)
青空の真ん中には明るい太陽があり、辺りには心地良い風が吹いてくる。眠そうな鳥の声。
授業が終わり、生徒はみな帰っていった。軍学校の休暇中のベルフラウも一緒に遊びに行ってしまったようだ。ヤード先生も外出中である。
次の授業までに、間違えないように踊れるようになっていなければ。
(もう少し練習を続けましょうか)
両腕を宙に固定し、足を前後左右に突き出し、くるりと回転する。
「アティ? 何をしておられるのですか?」
「はっ!?」
背後からの声。
振り返ると、不思議そうな顔をした鬼忍。ダンスの練習をしていただけなのだが、はたから見ればさぞ奇妙な動作に見えただろう。
「キュウ、キュウマ!?」
「驚かせてしまって申しわけありません。授業は終わったのですか?」
「は。はい! ちょっと踊りの練習をしてたんです。私も学校で少し習っただけですから、忘れてるといけないし、明日の授業までにしっかり思い出しておきたかったんです」
「そうでしたか。シルターンの踊りとはずいぶん違うようですね」
「みたいですね。あ、そうだ、キュウマ、踊りの相手をしてもらえませんか? 一人だとやりにくくて」
「構いませんが、自分で助けになるのかどうかわかりませんよ」
「大丈夫ですよ。私の前に立ってください」
言われるままにキュウマはアティの前に立つ。
「どうすればよいですか」
「はい、こうやって手を・・・」
差し出した白い手が停止する。
アティの頬に微かに赤みが差しているのを見て、キュウマは不審に思った。
「どうかなさいましたか?」
「・・・ええと、あの、ここで手を繋ぐことになってるんですけど・・・」
「え!?」
キュウマの顔も赤くなった。
「やっぱり、いいです・・・。すみません」
未だに手を繋いだこともない状態。これで練習相手を頼むのは無理があった。
「いえ、こちらこそお役に立てず・・・」
「いいですよ、学校の男の子でもなかなか繋げない人いましたし」
キュウマの表情が硬くなった。
「他の男とは繋いだことがあるのですか」
低くつぶやく声。周りの空気が冷たくなったような気がした。
アティは慌てて、
「が、学校の授業のお話ですよ!」
キュウマははっとしたようにいつもの表情に戻り、
「そうですね、すみません」
(ああ、びっくりした)アティは冷や汗をかきつつ、
「それじゃ、今日はこれからどうしましょうか」
「やりましょう、意そりの練習を」
「えっ?」
アティは思わずまじまじとキュウマの顔を見つめた。
「明日の授業に必要なことでしょう。しっかりお相手を努めさせて頂きます!」
「そ、そうですか? じゃあ・・・」
やけに力の篭った口調に押されて、アティはおずおずと手を差し出した。
キュウマはためらいがちに手を伸ばし、そっと白い手を握る。
「あの、いいですか?」
「はい、次の次の指示を」
顔を赤らめたまま、それでも、手は離さずにキュウマは言った。
「では、足の方を見ていて下さい。動きを合わせて・・・」
「・・・こうですか?」
たどたどしくステップを踏みながら、少しずつダンスの動きを習得していく。
「あら、上手いですね! 男の人が上手いと踊りやすいんですよ」
「それは光栄です。踊りはお好きですか?」
アティの足を踏まないよう気をつけながらキュウマが尋ねる。
「はい! こういう本格的なものより村のお祭りのダンスの方が好きですけどね。今日はそれをみんなに教えて・・・」
アティはくるっと旋回した直後、軽くキュウマにぶつかった。両手を繋いだまま彼に抱きかかえられるような形になる。
思わず、二人とも飛びのいた。
「す、すみません!」
「い、いえ!」
双方とも俯いたまま息を整え、跳ね上がった鼓動を落ち着かせる。
「先程は申し訳ありません。足元に気を取られていたようです」
「いえ、気にしないで下さい。あれぐらいはよくあることですから」
「――――では、何度もそういうことがあったわけですか」
その硬い口調に、周りの温度が急に下がったような気がした。
「あ、あの・・・キュウマ・・・さん?」
キュウマは難しい顔で虚空を睨んでいる。
「で、でも、何にもありませんからね! 授業でのお話だし・・・」
「ですが、何年も生活を共にした方々でしょう。あなたに関心を持っていた者もいたのではないですか」
「・・・告白されたことはありましたけど、全部お断りしましたよ? 勉強のことしか頭にありませんでしたし、みんないい友達でしたから・・・」
アティの言葉にキュウマは沈んだ表情を見せる。
「友達程度のことしかできていなかったのですね、自分は」
(ああ、今日のキュウマさんは変です)
悪いことをしたわけではないはずだが、なぜか後ろめたい気持ちでアティは葛藤した。
気がつくと、すぐ目の前にキュウマが立っていて、アティはどきりとした。
真剣瞳がじっと青い瞳に注がれる。
「アティ」
「は、はい!」
「目を閉じてください」
アティはただ呆然と彼の顔を見詰める。思いつめたような表情。
「あの、ここで・・・ですか? 誰かに見られたら・・・」
「近くには誰もいません」
きっぱりと断定されて、アティは言葉に詰まる。忍の感覚で言われれは否定できない。
ためらいつつ、ゆっくりとまぶたを閉じる。
両腕に温もり感じ、さらりと髪の揺れる気配を感じつつ、アティは待った。
心臓の音がうるさい。心の準備というものがいっこうにできないことを感じつつ、そのまま動かずにいた。
(嫌ではないですけど・・・けど・・・)
さらさらと風に鳴る木の葉の音と鳥の声。それよりも大きく聞こえる心臓の鼓動。
微風が顔を撫でる。
(?)
ふわりと額に触れる髪の感触。
そっと目を開けると軽く額をアティの額に押し当てたままの彼の姿があった。
「すみません・・・今日はおかしなことばかり言ってしまって」
「あ・・・」
腕の暖かさが消える。
キュウマは少し距離を置いて、恥ずかしそうにアティを見つめた。
「まだ、早いようですね。それほど力が入っていては」
言われてアティはいつの間にか全身に力が入っていたことを感じ、緊張を解いた。
「キュウマ・・・でも、私は・・・」
嫌だったわけではないんです、と言う勇気までは持てず、言葉が消えてゆく。
「今はやめておきます。後悔しそうですから」
「・・・はい」
「明日の授業はよいのですか?」
「あ」
(忘れてました。あはは・・・)アティは苦笑した。
「大丈夫です! 後でベルフラウと一緒に練習しますから!(呆れられるかもしれないけど・・・)」
「では、海岸の方まで行きませんか?」
「あ、はい、それで来てくれたんですね」
「そうです。今日は波も穏やかで散策にはよろしいかと思います」
褐色の手が差し伸べられる。アティはゆっくりとその手を取った。
幸福そうな微笑が交わされる。
「言っておきますけど、他の男の人とは誰も、こうして歩いたことはありませんからね!」
「はい」
少し怒ったように言うアティに、キュウマは穏やかな笑顔で答える。
眩しい日差しの下、手を繋いで歩く。
この晴天はまだ、しばらく続きそうだ。