極上の珍味



「姫様ー!」

 元気良く飛び込んできた数寄若の腕に小さな包みが抱えられている。
 それに気づいた途端、妖ノ宮は瞳を輝かせた。

「何?また何か美味しいもの?見せて見せて!」
「あっはは、慌てないでよ姫様。今日は珍しい食べ物を持ってきたんだ」

 紙包みの中央には、奇妙な茶色の物体が鎮座していた。

「?」

 妖ノ宮は首を傾げた。
 始めて見るものだ。

「これ、なあに?」
「北の方の珍味だって。まあ、食べてみなよ!」

 見覚えの無いものに警戒心を抱きつつ、好奇心と食欲に負けて妖ノ宮は手を伸ばした。
 かりこりとなかなか軽快な音がする。
 味も・・・まあ、悪くない・・・かな?

「姫様は食べたことないよね。これは、『蝗』って言うんだ」
「『蝗』?」
「うん。まあ、北の方でよく見かける虫なんだけどさ」

(え……虫……?)
 ぐらりと、妖ノ宮の視界が揺れた。

「滋養があって体にもいいんだよ!両親も俺も小さい時からこれが好きで……姫様?なんか顔色が悪いよ」

 ばったりと、妖ノ宮はその場に倒れた。

「姫様ー!!!」
 驚いた数寄若が抱き起こす。  が、妖ノ宮は顔を蒼白にしたまま唸っているだけだった。


 そのまま妖ノ宮は数日間寝込んだ。
 数寄若は姫の後盾からしばらくの間出入り禁止を言い渡されたのであった。



 一年後。

「今日はこれを作ってみたの!数寄若、大好きでしょう?」
「うわー!美味そうだな!さすが、俺のミヤだ!」
「へえ、短い間にずいぶん上達したな」

 数寄若が感嘆の声を上げると、真継も感心したように壷の中を覗き込んでいる。
 だが、盛り上がる三人を尻目に衛はこそこそと部屋の隅に退避した。

「衛はまだ食えないのか?美味いよこれ!」

 蝗から目を逸らし、衛は呻いた。

「うう・・・。姫様だって最初は食べようとしなかったじゃないですか・・・・・・」
「慣れると美味しいわよ」
「何だ、まだ食えないのか。いい加減好き嫌いを失くせ。そんなんじゃ、新大陸で生きていけないぜ!」
「ひええ!近づけるな真継ー!!!」

 追いかけっこを始めた真継と衛を妖ノ宮と数寄若は笑って見守っていた。
 日差しは明るく、若い夫婦の顔には希望が満ちていた。
 そんな、(一人を除いて)幸福なある日のこと。