ちっちゃい先生



 軽やかにステップを踏む小さな足音。
 眠りの淵から呼び覚まされて、ヤッファはゆっくりと目を開いた。

 枕元で跳ね回る、緑の妖精。ここまではいつも通りだが、その隣に予想外のものを見て、ヤッファは大きく目を見開いた。
 マルルゥと手を取り合って踊る小人。白い帽子に白いマントの見覚えのある姿をしている――――。

(俺は、まだ夢を見てるのか?)

 思わず目を閉じる。再び目を開いて枕元を凝視するも、何も変化は無かった。

「先生さん、元気になってよかったですー。でも、どうしてちっちゃくなってるですか〜?」

 楽しそうにマルルゥと踊っているのは、どう見てもアティだった。
 自室に閉じこもっていたはずの彼女がなぜここにいるのか、なぜマルルゥの半分ほどの背丈にまで縮んでいるのか。
 寝起きの頭でヤッファは見つからない答えを必死に探していた。
 いっそのこと、何も見なかったことにしてこのまま二度寝してしまおうか。
 ぼんやりとそう考えていた時、どたどたと騒がしい足音がして、髭の元海賊――――現在は立派な農夫である――――が駆け込んできた。

「大変じゃあ!わしの畑に変なモノがあ!!」
「あれ、そこにいるのも先生はん、でっか?」

 眠気を吹き飛ばすような大声でがなりたてるジャキーニの背後から顔をのぞかせたオウキーニはすっとんきょうな声を上げた。
 その手には、これまた小さなアティが掴まれている。
 マルルゥも踊りを止め、不思議そうに彼女を見た。

「あや? あやや? あっちにも先生さんがいるですよ? うーん、うーん、うーん・・・踊りましょうです!」

 輪になってくるくる回りだした三人を、呆然として見守る三人。
 ヤッファは深いため息をついて、再び厄介事が持ち上がったことを実感するのだった。




 大きな池の上で跳ねる小さな影二つ。
 白いマントの小人は、丸い葉の上を渡り、中央の一際大きな葉の上に降り立った。得意そうにポーズを決める。
 実にいい笑顔で。
 続いてたどり着いたスバルも感心したように、
「今日の先生、すげえよ! 全然おっこちないもんな!」
「スバル様ー! 外は危険です、屋敷にお戻り下さい!」
「だってさ」
「むー」

 池の外から呼びかける声に小さな頬を膨らませる二人。
 仕方なく、岸へ向かって蓮の上に飛び乗る。

「さあ、帰りましょう。 ミスミ様が心配なさいます――――」

 スバルの隣で飛び跳ねている小さな影にキュウマは目を留め――――。

「アティ殿――――!?」




 ミスミは机に向かって書きものをしていた。
 素早く障子が引き開けられ、珍しくあわてた様子のキュウマが現れる。

「ミスミ様、一大事にございます!」
「何じゃ、騒々しい」
「落ち着いている場合ではございません。アティ殿が――――」

 机の上を見てキュウマは絶句した。
 小さな人影が、少々ふらつきながらも懸命に筆を運んでいる。立ち止まると、紙の上に一つの文字が完成していた。
 小さな額の汗をぬぐい、筆をミスミに差し出す。

「なるほど、そのように書けばよいのじゃな」
「ミスミ様、それは・・・?」
「アティであろ。それ以外の何に見える?」

 事も無げに言い放ったミスミは、キュウマの手の内にもまた同じ姿の小人がいるのを見て、目を丸くした。

「おや? なぜそこにもアティが居るのかえ?」




「ただいま帰りました、アルディラさま」
「お帰り、クノン」

 モニターに向かったまま、アルディラは答えた。

「お薬の材料を集めて参りました」
「ご苦労様」
「アティ様も集めて参りました」
「そう、ありが・・・」

 アルディラの声が途切れる。振り返った彼女はクノンの鞄の中から何人もの小さなアティが顔を出したのを見て、思考を停止させた。
 動揺を抑えつつ、クノンに問う。

「・・・・・・どうして、アティがこんな所にいるのかしら? それに、ずいぶん小さくなっているようだけど?」
「それをアルディラ様にお伺いしようとしたところですが」

 いつも通りの淡々とした口調で語るクノン。彼女なりに驚いてはいるのかもしれないが・・・。

「話してちょうだい。 どこで見つけたの?」

 クノンを質問攻めにしながら、アルディラは事態の把握に努めた。
 融機人の明晰な頭脳が回転しては停止する。このような不測の事態には弱い。
 軽く眩暈を覚えつつ、アルディラはとりあえず皆に相談しようと思ったのであった。




 バンと叩きつけるような音を立てて船長室の扉が開かれた。
 テーブルについて何事かを話し合っていたカイルとスカーレルが振り返る。
 ソノラは真剣な顔で二人に尋ねた。

「ねえ、先生ちゃんと部屋にいるよね!?」
「ああ、そのはずだが・・・」
「外には出てないわよ」
「じゃあ、これは何!?」

 ソノラが二人の前に突きつけたのは、小さいアティ。

「何だこりゃ!?」
「まさか・・・センセなの?」

 顔を見合わせる三人のところへ、ヤードが駆け込んできた。

「大変です! 船の中に・・・」
「小さくなったセンセがいるのかしら」
「なぜそれを・・・!」

 スカーレルの答えに驚いたヤードは、ソノラがぶら下げているものに気づいて唖然とする。
 カイルは溜息をついて立ち上がった。

「しょうがねえ。拾ってくるか」
「そうするしかないわよね」

 スカーレルも席を立つ。

「ねえ、これは何なの!? どっちが本当の先生なの!? 部屋にいたのは幻じゃないよね!? ちょっと窓からのぞいてこようか!?」

 納得のいかない様子でまくしたてるソノラ。凍りついたままのヤード。
 船の中がまた騒がしくなり始めていた。




 アズリアは部屋の中で小さいアティと見詰め合っていた。

「何だ、これは」

 思わず眉根を寄せて表情を険しくすると、アティは一瞬ひるんだ様子を見せ、エヘヘと取り繕うように笑った。
 その、あまりにもいつも通りのしぐさにアズリアの表情も緩む。

「本物か・・・?」
「隊長ー! 妙な生き物がここにー!」

 ギャレオの叫びを聞き、アズリアは諦めたように目を閉じた。
 心を落ち着けると、床の上のアティを拾い上げて部屋の外へ出る。

「つくづくお前という奴は厄介事を引き起こしてくれる」

 そう文句を言いながら。




 薄暗い木立と水晶の群れをすり抜けて、ギャアギャアと精霊達の騒ぐ声が聞こえてくる。

「何か騒がしいですねえ」

 フレイズはバサッと翼を広げて騒ぎの中心へ飛んでいった。

「一体何の騒ぎですか?」

 精霊達が一本の木の周りに群がり、盛んに騒ぎ立てている。
 その真ん中に、きらりと見覚えのある光を感じ、フレイズは木に近づいた。
 小さな人が枝の先で、小さな手を振り回してもがいていた。

「アティ、ですか?」

 引っかかっていた白いマントを枝から外し、フレイズは問いかけた。
 頷く小型アティ。
 確かに、彼女らしい魂の輝きを感じる。だが、いつもと比べてその光はあまりにも小さく、頼りない。

 フレイズは少し考えた後、小さく呟く。

「どうやら、私一人の手に負える事態ではないようです。皆さんに相談いたしましょうか」




 集いの泉には、海賊、護人などアティの仲間達が集まっていた。
 集められた箱や籠の中には、うようよと小さなアティ達が動き回っている。

 一通り報告が終わり、カイルが簡単にまとめた。

「つまり、島中にちっこくなったアティがいたわけだ」
「で、これは何なの?」

 ソノラが皆の疑問を代弁した。
 アティの群れを眺めながらフレイズが答える。

「これは、アティの魂の一部です。剣が折れた時、その持ち主の心も同時に折れ、その破片が島中に散らばったのでしょう」
「問題は、どうやってこれを元に戻すか、よね」

 こっそり箱を抜け出そうとしたアティの一人をスカーレルが摘み上げる。

「一応触れるんだし、集めるのは難しくなさそうだけど――――」

 ソノラの声が途切れる。
 カイルの方が小刻みに震えだした。

「いや、すまねえ。そんな時じゃねえってのはわかっちゃいるが――――」

 こらえ切れず、カイルは大声で笑い出した。ソノラをはじめ何人かも一緒になって笑っている。

「もう、笑い事じゃないでしょう?」咎めるアルディラの声も震えていた。
「先生さん、マルルゥよりちっちゃくてかわいいですー!」
「一匹もって帰りたいなー!」
「これこれ、スバル、ちゃんともとに戻してやるのじゃぞ」
「それにしても・・・」

 ヤードまでも微笑を浮かべてアティ達を見つめていた。

「このアティさんは元気なんですね」
「健康な部分が失われたから、あのような状態になったのでしょうか」

 クノンの私的に一同ははっとした。

「はぁい、皆さんおそろいでぇ」

 そこへ、もう一人、アティを連れてやってきた者がいた。
 ふらふらといつも通りの千鳥足。だが、その手にぶら下がっているアティはメイメイよりももっと赤い顔をしている。

「駄目よぉ、メイメイさんの秘蔵のお酒飲んじゃ。にゃはは!」

 メイメイは集められたアティをざっと眺め、
「あー、これじゃ全然足りないわねえ。全部集めなきゃ、元に戻せないわよぉ」
「戻せるのっ!?」

 ソノラが身を乗り出した。他の仲間達もでメイメイに注目する。

「そうよぉ。メイメイさんに任せなさい! にゃはははっ!!」
「よーし、頑張って全部集めるぞー!」

 スバルが元気よく叫ぶと、皆の顔にも世紀が戻る。

「んじゃ、頑張ってねぇ。 後三千五百九十六個あるから〜」

 帰り際のメイメイさんの一言に、一瞬空気が凍りついた。

「やりましょう。 アティ殿が元に戻るのなら」キュウマが言えば、
「まあ、面倒臭えけど仕方ねえ昼寝はしばらくお預けか」ヤッファも重い腰を上げる。
「あの方のためにできることがあるのは幸いですよ」ヤードが密かに呟いた。
「では、はじめるか」アズリアの言葉を合図にして、大規模な捜索活動が開始された。




「ってもよ・・・」

 広々とした集落を前にヤッファは途方に暮れた。

「どうやって探しゃいいんだ?」

 マルルゥはその頭上で両手を口に当て、声を張り上げた。

「先生さーん!」
「はーい!」

 マルルゥの呼びかけに答え、草や木の陰からひょこひょこと数人のアティが顔を出す。

「いましたです〜!」
(考えるまでもねえか・・)

 小さくなってもアティはやはりアティのままであった。




 ドサッと音を立てて籠が落ちてきた。その中には、ナウバの実とそれにかじりついているアティの姿があった。

「がははは!、どうじゃ、わしの考案したわなの威力は! たいしたもんじゃろう!」
「へい、船長!」
「この調子でハンハン捕まえるのじゃー!」

 籠を外し、ナウバの実を取り上げたジャキーニの腕にアティが噛み付いた。

「ぎゃあああー!!」
「ああっ、先生はん、落ち着きなはれー! ナウバの実ならいくらでもありますさかいにー!」




 樽の陰から飛び出す小さな影。

  「そっち行ったよー!」

 隙間に入り込もうとしたアティを、スカーレルが捕まえた。

「はい、お疲れ様」
「はー、まだまだ先は長いなー。こんな時にナップはどこ行ったの?」

 ソノラは少年の姿を探したが、相変わらず彼の行方は知れなかった。




 その頃ナップは崖の上で孤独に砕けた剣の破片を集めていた。

「あー、あと何個あるんだ!? 小さすぎてわかりにくいんだよなあ。 うわっ!? こんな時に風吹いてんじゃねえ!!」

 ナップの背後で小型アティがせっせと破片を集めていたが、突風によって飛ばされていった。

「ピピー!?」

 アールが必死に呼びかけるが、もうその姿は完全に見えなくなっていた。

「おい、アール! こっち来て手伝えよ!」
「プピー・・・」




「きゃー!? 何!?」
「どうしました、ファリエル様!?」

 悲鳴を聞きつけたフレイズが部屋に飛び込むと、ファリエルの枕元にアティがちょこんと座っていた。

「ああ、ここにもいましたか」

 フレイズはひょいとアティを摘み上げた。ファリエルが驚きの表情で彼らを見つめる。

「ねえ、フレイズ、それは――――」
「はい、アティの魂です。ファリエル様がお休みになっていた間のことですが――――」


 説明を聞いてファリエルは、
「そうだったの・・・。それなら私も協力しなくては」たちまち鎧の姿に変化する。
「ファリエル様!?」
「もう十分休んだもの。それより早くアティを戻してあげないと」
「仕方ありませんね・・・。では、早く終わらせてしまいましょう」




 白いマントを靡かせて、庭を駆け抜ける小人。

 カッ!  空を切って飛来した手裏剣がそのマントを縫い止める。

 素早く手裏剣を引き抜きアティを籠に入れると、キュウマは小さく息をついた。
 こうしていればあの方を救うことができるのだろうか。
 やるべきことは、もっと――――。

 植え込みの中からアティがそっと顔をのぞかせた。キュウマと目が会うと、あわてて頭を引っ込め、がさごそと植木の中を移動する。
 キュウマはさっと姿を消すとその後を追う。

「やれやれ、忙しないのう」

 ミスミは縁側に座ってゆったりとくつろいでいる。
 その肩の上に、アティが一人上がりこんでふわふわした雲に手を伸ばす。

「ミスミ様!このような時に何を言っておられるのですか!?」
「こんな時だからじゃ」

 キュウマの非難をミスミは涼しい顔で受け流し、肩の上の雲を揺らした。
 アティは目を輝かせて雲を追っている。

「戻す前に少しでも楽しい思いをさせておけば、アティのためになるのではないか? 部屋に篭りきりでは、直るものも直るまい」

 無心に遊ぶアティを見ながら、キュウマはしばし考え込んだ。
 その隙を縫って前を通り抜けようとしたアティを素早く捕まえる。

「ぴっ!?」

 襟首を捕まれてアティは少し苦しそうにうめいた。キュウマは思わず手を離す。

「すみません、大丈夫ですか!?」

 アティはキュウマを見上げると、にっこり微笑んだ。
 久しぶりの眩しい笑顔にキュウマはつい見とれてしまう。

 がさっと植え込みの陰からスバルが飛び出した。両手にアティをつかんでいる。

「また捕まえたぞー! キュウマも母上もまだそんなもんか? 早くしないと日が暮れちゃうぞ!」

 虫取りでもしているかのように、楽しそうにスバルは駆け回っている。

「そうですね、のんびりしているときではありません」

 キュウマはアティを広い上げて素早く籠に入れると、姿を消した。

「落ち着きの無い奴じゃ」

 呆れたように呟くミスミの肩の上で遊ぶアティはいつの間にか二人に増えていた。




「全く・・・。なぜ私がこうしてお前を探していなければならないのか・・・」

 ぶつぶつ文句を言いながら、アズリアは森の中を捜索していた。

「待てこの・・・、おわっ!?」

 ギャレオが草の上に倒れこんだ。
 その手をすり抜け、頭の上に飛び乗ったアティはそのまま身軽に岩の上に着地する。
 そこをすかさずアズリアが拾い上げた。目の高さに持ち上げたアティに向かい、
「昔から逃げ足が早かったな、お前は。だが、もう私から逃げることは許さんぞ」

 アティを籠に放り込む。

「だが、この辺で少し休憩するか。ギャレオ、お前も休んでいいぞ」
「了解しました、隊長!」

 アズリアの背後からタオルが差し出される。

「ああ、すまないな、ギャレオ。・・・?」

 振り返ったアズリアの前には、岩の上から微笑むアティ。

「お前、まだそんなところに・・・!」

 その隣には、せっせとお茶の支度をしているアティ。  お菓子を並べるアティと床に敷物を広げるアティもいる。

「・・・・・・」
「捕えますか、隊長?」
「・・・いや、今は休憩中だ。後にしよう」
「承知しました」

 アズリアは敷物の上に座り、暖かいカップを持ち上げた。
 木々の隙間から明るい光が差込み、吹く風は心地よい。

「お前がいると調子が狂ってばかりだ」

 膝の上によじ登ったアティにクッキーを半分与えながらアズリアは慨嘆した。
 意外なほどのどかなひと時であった。




「データの解析が終了致しました」
「これをプログラムに組み込めば、後は一気に回収できるわね。あなたはこれを皆に配ってちょうだい」
「アティさまの居場所ですね。かしこまりました」

 小さな青い点が無数に書き込まれた島の地図。その束を持ってクノンは部屋を出る。
 アルディラはモニターに向き直ると猛然とキーを打ち始めた。
 床に並べられた作業ロボットが続々と起き上がり、部屋を後にする。
 最後の一体が出てしまうと、アルディラは手を止め、大きく息をついた。

「さて、ここまでくればもう時間の問題ね。では、『その後』のことを考えるとしましょうか」




「おー、食った食った」

 カイルが渡したお菓子のかけらをアティは小さな手で受け取ると、嬉しそうに噛り付いた。

「ねー、これも食べる?」
「おいらのおやつもわけてやろうか?」

 ソノラやスバルも楽しそうに食物を運んでくる。
 ヤッファがそれを呆れたように見ている。

「おいおい、虫じゃねえんだぞ」
「いやー、なんかえさを与えたくなるんだよな」カイルが笑うと、
「あー、わかるわかる」ソノラも頷く。

 小さくなったアティは実に幸せそうな顔でお菓子を食べている。
 彼女のこんな笑顔を見なくなってどれぐらい経つのだろう。
 他の仲間達も静かにアティを見守っていた。


「メイメイさん、呼んできたよ!」

 駆け込むパナシェの後から、メイメイがふらふらと歩いてくる。

「あー、集まったわねえ。それじゃ、元に戻してあげましょ」
「あ・・・」

 ソノラが顔を曇らせた。

「本物のセンセに、この笑顔を返してあげないとね」

 スカーレルが諭すと、
「・・・うん。これで、元通りだよね!」

 ソノラも顔を上げた。
 スバルもそっと手の上のアティを箱に戻す。ミスミがその肩を抱き寄せた。




 メイメイが意識を集中するほどに、たくさんのアティの姿が明滅し、空中に溶けるように消え失せた。
 透き通った球体がメイメイの手の中に現れる。球は空のような、あるいは海のような美しい青い光を放っていた。

「はい、これを先生に渡してねぇ。んじゃ、後はよろしく〜」

「では、帰りましょうか」
「うん!」
「よし、あいつの笑顔までもう少しだ!」

 帰ろうとした海賊達をアルディラが引き止める。

「後でもう一度ここに来てちょうだい」
「一つ、提案があります」キュウマが真剣な顔で言うと、

「あら? ひょっとしてアタシたちと同じ意見かしら」スカーレルが答える。
「ふふ、そうかもしれませんね」

 ファリエルが微笑んだ。




 ソノラはそっとドアを開き、中の様子を伺った。
 前に見た時のまま、アティ(本体)は食事にも手をつけずに虚ろな瞳で壁を見つめている。

「先生?」

 答えは無い。
 ソノラは中へ入ると、アティの前に青い玉を差し出した。

「ほら、先生! みんな頑張って集めたんだよ!これで元気になるよね?」
「・・・・・・」

 アティは玉から目をそらす。

「先生ってば!」
「・・・・・・」
「先生・・・どうして受け取ってくれないの・・・?」

 ソノラは泣きそうな声で呟く。

「先生の馬鹿あ!」

 ごん。
 青い玉をぶつけられ、アティはばったり倒れた。

(あれ? ちょっと、ヤバかったかなあ・・・?)

 ソノラはおそるおそるアティの顔を覗き込む。

「せ、先生! ごめんね、大丈夫?」

 アティがふらふらと身を起こす。

「・・・?」
「あ、あのね! ナップの姿が見えないんだけど、先生、知らない?」

 慌てて言いつくろう。アティは無言のままだった。
 だが、その瞳にわずかに光が戻ったような気がして、ソノラは少し安堵した。
 青い玉はいつの間にか消えている。

「じゃ、先生。・・・もうすぐ終わるから。待っててね」

 部屋の戸がしまり、再び一人きりになったアティが、ゆっくりと立ち上がる。
 物語は再び動き始めていた。